書くことと、目的の変容性と、場づくりとしてのブログについて

書くことを再開しようと思う。

なぜ書くのか?ということは、あまり考えないことにしたい。

書くことに目的を持たせることで、限定的な表現になる、というか、なり得るからだ。

なるべく限定せず、あらゆる幅、可能性を持たせておきたい。なんだってできる、どこからでも行きたいところに行ける、そういう書き方をしていきたい。

今までは、書くことに意味付けをし過ぎていたように思う。

収益を得るため、マーケティングの一環として、ブランディング用にetc..

職人のように何か一つの専門性を持った人たちにとっては、こうした書き方はハマると思う。

が、自分のようにあらゆることに首を突っ込みたがるタイプ、好奇心のままに次から次と新しいことを知りたい人間には、こうした限定的な書き方は、可能性を閉じることに繋がる。

まだ、固めるフェーズではないのかもしれないし、職人的な働き方をしないタイプかもしれない。いろんなコミュニティを横断的に動く人間、いろんな場を企画する側の人間かもしれない。

目的を限定するとつまらない

自分はこれまで何度か書くことをしてきた。

SNSだったりブログだったり、最初は書くことが面白くてたまらなかった。自分の書いたことに反響がある、シンプルにそれだけで楽しかった。

しかし、それを仕事にするとか、仕事に繋げる、収益に繋げると考えて書くことが増えてから一気につまらなくなった。

書く内容もつまらなくなったし、何より書いてる自分の気持ちが上がらなくなった。

自分のために書く、自由に書くということができなくなったからだ。書きたいことでも、収益、ブランディングに直結していなければ意味がない。

そう思ったら、ただ書くことが無意味に思えてきた。

本当はそんなことはなかったのに。

自分が楽しいから書く、これだけで十分理由にはなっていたのにも関わらずだ。

目的は変化していく

書くことを再開するにあたって、目的を考えないでおきたい。

しかし、それはあくまで今の段階の話だ。これ(目的を持たない書き方という目的)すらも変わっていくのだと思う。

自分は、常々、変わり続けることに寛容でありたいと思う。

「自分はこういう人間だ」と、自分を限定することも、

「あの人はこういう人間だ」と、相手の可能性を限定することもしたくない。

目的も人も日々、瞬間瞬間に変わっている。その変化に敏感でありたいし、変化に応じてライフスタイルもアップデートしていきたい。

つまり、変容的で、自由で、身軽でありたいのだ。

価値観/思考の共通項を軸としたコミュニティ

なるべく目的を限定した書き方はしたくないと思っているが、一つ今の自分に見えていることがある。

このブログ/WEBサイトを通じて、価値観の共通するコミュニティを作れないだろうかということだ。

そんなに大きなコミュニティである必要はない。

少人数でも、思考や価値観の近い人たちが集まれば、面白いことができるのだと思う。

自分を媒介として繋がる人たちのコミュニティを見て見たいと思う。

それがどんな形になるのか正確にはわからないが、

変容的で、身軽で、寛容な繋がり、コミュニティと呼ばれるものや、サークルといった形になるのかもしれない。

というわけで、書くことの目的を限定し過ぎずも、コミュニティや世界観を形成する場としての機能も意識しつつ、今日から書くことを再開しようと思う。